キリマンジャロの自由な生き方

自分なりの自由な生き方を手に入れよう

有言実行

私は有言実行は大事にしている。

 

有言実行が成功したとき、何とも言えぬ自信が出る。

 

言ったことをやらない人が多い中、自分はできているということは自信になる。

 

是非、皆さんも有言実行を成し遂げてほしい。

 

目標は何でもいい。宣言したことをやり続けて積み重ねていくと大きな

自信が湧いてくるのだ。

 

自信は自由な生き方を実現するうえで重要だ。

 

私も自信をつけることで自由な生き方を目指そうとした。

 

さあ、今の生活に満足をしていない人は、自信をつけて自由な生き方を目指そう!

 

 

感情的にならないこと

会社員にとって感情的なことは悪い面であると思う。

 

もちろん人が人であるために感情的であることは重要である。

 

例えば、愛する人に気持ちを伝えるときに、感情的ではなく無機質であれば、

おそらくその気持ちは伝わらないであろう。

 

しかし、会社員が仕事をする上では、それは逆の作用になるだろう。

 

会社員の仕事というのは、会社から与えられた仕事であり、個人の感情を

尊重させるべきではない。

 

会社から与えられた仕事ゆえ、個人の感情が入るということは許されるものでは

ないと思う。

 

個人の気持ちを入れて仕事をすることは、おこがましいと思われるだろう。

 

私は何事にも感情的になる傾向がある。

 

とにかく物事をするときに、自分の感情をぶつけてやることが好きなのだ。

 

しかし、それは会社では望まれていないスタイルなのである。

 

それに対して、私は自分が悪いと思う。

 

郷に入れば、郷に従えである。

 

一緒に仕事をしている人にも迷惑をかけてしまった。

 

会社は個人の感情よりもフラットな感覚が大事なのだ。

 

感情的な私は会社という組織では馴染まないのだ。

 

選択肢は、我慢して馴染むか、それとも組織から飛び出すしかない。

 

飛び出せば自由な生き方が待っている。

 

しかし、自由な生き方は責任が出てくるし、努力なしではなしえない。

 

私は自由な生き方を目指したい。

 

そして、それに向かい努力をするしかない。

通勤地獄②

先日、通勤地獄の話をしたが、今回もまた取り上げたいと思う。

 

私は、毎日出勤のため通勤地獄を味わっているが、いつも乗る電車に

ある一人の老人も乗ってくる。

 

年齢は70歳前後だろうか。

 

私服ではあるが、かばんも持っているし、毎日同じ時間の電車に乗っているので

おそらく通勤であると思う。

 

本来であれば、定年を迎えている年齢ではあると思うが、その老人はまだ

働いていると思う。

 

その老人は、いつも電車に乗り込むとすぐさま空いている席を探し、空いている席を

見つけると全速力でその席に向かう。

 

何とか座ることができたとき、その顔は安堵で包まれている。

 

しかし、席が空いていないときや、ダッシュが間に合わず座れなかったときは

すごくつらそうな顔に変わる。

 

そして、目的地まで人々の圧迫にさらされながら、苦悶の表情で耐えている。

 

どこかの記事で読んだのであるが、通勤地獄で人が感じるストレスは、先頭の最前線で戦闘機のパイロットが感じるストレス以上らしい(;゚Д゚)

 

その顔を見て、私は気の毒に思う。

 

こんな高齢になっても、通勤地獄という苦痛にさらされる環境に身を置かなければ

ならないことは、本当に気の毒だ。

 

想像ではあるが、お金のために働かざる得ないのであろうと思う。

 

さすがにお金があれば、このような高齢で、このような苦痛を選ぶことはないで

あろう。

 

私は、自分が高齢になったときに、通勤地獄を味わうのは御免だ。

 

高齢になっても仕事をしたいと思うが、つらい思いをしながら仕事のために

通勤地獄を受け入れるのは嫌だ。

 

お金がないゆえに、自由な生き方ができないことの事例だと思う。

 

人はそれぞれ考えがあるから、一概には言えないが、私は嫌だ。

 

やはり、自由な生き方を手に入れるにはお金は欠かせない。

 

通勤地獄が嫌な人たちは、自由な生き方を模索してほしい。

 

そのためにはお金が必要だ。

 

しっかり稼いで、節約して、それを投資などに活用してお金を増やそう。

 

そして自由な生き方を手に入れよう

楽しいこと

楽しいことの定義は何だろうか。

 

好きな映画を見ていることだろうか。

好きな食べ物を食べていることだろうか。

旅行をして、素敵な景色を見ることだろうか。

 

よくよく考えてみると定義するのは難しいと思う。

 

私は、楽しいこととは、「好きなことを、好きな人と、好きなときにできること」

と考えている。

 

好きなことは、人それぞれなので、何でもいいと思う。

 

その自分が好きなことをやるにしても、一人では楽しさが半減である。

 

また、好きな人と好きなことをやるにしても、やりたいと思うときにできなければ

やはり楽しさは半減である。

 

私は幸運なことに、好きなことがあり、それを一緒にやることができる、大切な

人や家族がいる。

 

本当に大切な人がいることは大事だ。

 

大切な人がいることで、人生のモチベーションが大幅に上がると感じた。

 

あとは、好きなときにできるのかであるが、私の場合はNOである。

 

会社員であるために、ある程度の時間の拘束があり、なかなか好きなときにという

ことが実現できない。

 

会社員は決められた時間に、それなりの仕事をすればお金をもらえるという、

メリットもあるが、やはり時間の融通が利かないものである。

 

私は、楽しいことを実現するために、自由な生き方をしたいと思う。

 

そのためには、やるべきことが多くある。

 

おそらく、それを実現するには多くの努力が必要だ。

 

その思いを胸に秘め、きょうも一日を全力で臨みたいと思う。

 

皆さんも、楽しいことをしていくために、自由な生き方を目指してほしい!

通勤地獄

皆さんは通勤地獄をどのように考えているだろうか?

 

私は、毎朝通勤のため地下鉄に乗るが、とにかく通勤がつらいと考えている。

 

一番人が多いと思われる、8時台の地下鉄に乗っているが、人と人が重なり触れ合い

とにかくストレスが溜まる。

 

バックアックを前側にすることもなく、ガシガシと人にバックパックを当ててくる人や

周りを気にすることもなく、200%の力を振り絞って咳をする人もいる。

 

本当にウンザリだ。

 

誰もがこのような苦痛を味わいたくないのであるが、それでも会社に行くためには

仕方がないと思っている。

 

でも、そんなに通勤が嫌であれば、会社を辞めればいいのであるが、生活のためには

そんなことはできない。

 

正に選択肢がない、不自由な生き方だ。

 

嫌なのに、通勤をせざるを得ない状況に追い込まれているのだ。

 

しかし、通勤地獄を避けたいのであれば、会社を辞めればいいのだ。

 

会社を辞めて事業をして、好きな時間に働ければいいのだ。

 

でも、それができないのは、自由な生き方ができていない証拠だ。

 

自由な生き方ができないのは、実力がないのとお金がないからである。

 

だから、私は自分で稼ぐ力をつけるために、日々自己研鑽を続けている。

 

国家資格を取得し、また様々な検定にも合格できた。

 

また、お金を増やしていくために、節約と投資を始めている。

 

皆さんも是非、自己研鑽をし、お金を貯めて、自由な生き方ができるように

してほしい。

 

コツコツと努力をすれば、いつかはつかみ取れる!!

 

自由な生き方を(^^)/

 

皆さんの通勤地獄の意見も聞きたいと思います(^_-)-☆

お金を働かせる

皆さんはお金を働かせているだろうか。

 

私は、今の会社に入社してから、20数年間会社の株を買い続けてきたが、

その他の投資はしていなかった。

 

最近、積立てNISAでインデックスファンドの投資を始めた。

 

そのきっかけになったのは、お金を働かせるということを知ったからだ。

 

株式、投資信託および債券は持っておくだけで、配当金や利子が入ってくる。

 

銀行も預けておくだけで利子が入ってくるが、雀の涙ほどである。

 

私もそうであったように、多くの人はお金は労働のみでしか得ることができないと

考えていると思う。

 

それは、間違いだ。世の中の多くのお金持ちはお金をうまく働かせることにより

お金を増殖させていると思う。

 

生活に必要なベースとなるお金を労働により得ることは重要である。

 

しかし、そのお金を消費するだけで、うまく活用しなければ、永遠と労働を

続けなければならない。

 

それが嫌な労働であれば、貴重な時間を奪われるだけだ。

 

だから、コツコツと投資をして、生活に困らないお金を得ることができれば、

嫌な労働をせず、好きなことに打ち込めるだろう。

 

私も、やりたいこと仕事がある。

 

しかし現状は、お金の不安がまだ残っているので、まだ踏み出せないでいる。

 

早く、余裕を作って、一歩を踏み出したい。

 

さあ、みんなも投資をして、お金に余裕をもって、

 

自由な生き方を目指そう!

 

 

仕事をしない上司

仕事をしない上司は多いと思う。

 

ややこしい仕事や嫌な仕事は部下に任せて、自分は何もしない。

 

大体そのような上司は、ボトムアップという便利な言葉を使い、正当化する。

 

もちろん、その時は口は出すが、特に助けもしない。

 

何故このような上司が出てきてしまうのであろうか。

 

その原因は日本の会社の歴史からきていると思う。

 

昔は、日本の会社は年功序列・終身雇用により、長く我慢して働けば、

その見返りとして、それなりの出世と定年までの雇用を与えられた。

 

昔の会社員は、とにかく我慢し、上司からのパワハラにも耐えた。

 

だから、今の上司は、今まで嫌なことを我慢して、やっと今のポジションを

得たのだから、今度はその苦痛を部下たちが負うのが当然だと考える。

 

気持ちはわからないでもない。

 

しかし、時代は変化し、日本でも年功序列・終身雇用体制が崩壊し、我慢しても

見返りがない状況になった。

 

下手をすれば、リストラされるかもしれない。

 

今どきの、部下たちにとっては我慢しても見返りもないので、正直それを

受け入れる必要はないと思う。

 

一番懸念していることは、上記で述べたことに気づかず、いわれるがまま上司の

言うことを聞いてしまっている部下たちだ。

 

彼らは、貴重な時間をそのような上司の横暴によって奪われているのだ。

 

それらの異常さに早く気づいて、そして冷静に考えて、人生を大事にしてほしい。

 

我慢する必要はない!見返りはないのだ!

 

我慢するのではなく、自由な生き方を模索してほしい!